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劣等感の塊が、「ありのまま」という武器を手に入れるまで【幼少期〜高校時代】 #全文公開

中川瑛さん(@salut_copain)著『最高のキャリアの描き方-トビタテ! 留学JAPAN生と物語理論-』への寄稿文の全文公開を3回に分けてお送りします。

最高のキャリアの描き方-トビタテ! 留学JAPAN生と物語理論-』の第7章には僕を含めて7名のトビタテ生※ の物語が掲載されています。

僕の物語についたタイトルは、「劣等感の塊が、「ありのまま」という武器を手に入れるまで」。なんとも生々しいタイトルですが(笑)、まさに僕の人生をうまく言い表してくれていると思います。

本日より3回、ぜひご覧ください。

※「トビタテ!留学JAPAN」という文部科学省主導の官民恊働の留学支援制度の派遣留学生

幼少期:とにかくマイペースで、シャイだった幼少期

 1993年、兵庫県神戸市で小林家の次男として生まれました。幼い頃はとにかくマイペースで、もじもじして自己表現がうまくできない少年でした。幼稚園でも周りの園児たちが外で遊ぶ中、教室で1人絵本を描いていました。親や友人のすすめで始めた水泳や空手も、いつも自分のペースで進み、誰よりも上達が遅かったです。

小学校時代①:漫画をきっかけに野球に興味を持つ

 小学校3年生のころ、父が古本屋で買ってくれた野球マンガをきっかけに、野球に興味を持つようになりました。平日は公園で草野球、休日は父とのキャッチボールに明け暮れていました。

小学校時代②:自分の好きなものがうまくできない現実

 6年生になると身体も出来てきて、足の速さに自身がつき始めていたこともあり、少年野球団に入団。しかし、いざ本格的に野球を始めてみると、まったくうまくいきません。自分はスポーツが大好きだけど、得意ではないという現実を突きつけられることになります。

小学校時代③:健康志向の母からの話

 健康志向の母から、健康や食べることがいかに大事かという話を毎日のようにされていました。しかし、私はもともと好き嫌いが多く偏食で、家庭でも学校の給食でも食べられないものは必ずと言っていいほど残していました。(そんな母がのちにある病気になり、さらに健康の大切さを痛感します)

小学校時代④:家族の仲の亀裂

 小学校高学年になったとき、母と父の関係が悪くなり始めます。ある日突然父が家に帰ってこなくなり、それからは半別居生活。たまに父に会っても完全に無視をし、父を常に反面教師として見るようになりました。

中学校時代①:兄と同じレールを歩むことによって、人見知りを克服

 生徒会長で勉強も部活もできて周りから一目置かれている2歳上の兄に憧れ、引っ込み思案な自分を変えたくて、中学校入学後は自分も成績を常にトップレベルを保ち、生徒会長、そして野球部キャプテンにもなります。人前に出ることに慣れ、組織の中心に立って活動することに快感を覚えます。

中学校時代②:健康への意識が芽生え始める

 中学の野球部時代はよく肩を怪我していて、プレーできない期間が長かったです。そこで興味関心が野球のプレーではなく、トレーニング方法や栄養学など別の方向に移っていきます。特に、母の影響で食事には気を使うようになり、炭酸飲料を飲まなくなったり、好き嫌いを自ら克服するなど、健康への意識が強くなり始めます。

高校時代①:兄と同じレールを外れ、まったく新しい自分を探す

 兄と同じ高校を受験するも、失敗。行きたくなかった私立の高校に進むことになりました。高校では新たな自分に挑戦しようと、全国レベルの強豪だった水泳部に入部します。

高校時代②:エリートキャラからの陥落

 部活が忙しく、中学では勉強ができるキャラだったにもかかわらず、高校の初めての定期テストではクラスワースト5の成績を取ってしまいます。部活でも身体が細かったことから「ガリガリ」と揶揄されたり、水泳は初心者だったため個人の成績はよくなかったです。「自分には誇れるものが何もない」と劣等感と戦いながら、人前では勉強もスポーツもできない自分を隠す日々でした。

高校時代③:のしあがる快感

 私の通っていた高校は成績順でクラスが振り分けられます。高校1年生のとき成績が良くなかった私は、2年生になると成績の悪いクラスに下がることになってしまいました。それが悔しくてたまらず、勉強にのめり込み1年間クラストップをキープ。3年生では一番上のクラスになり、どん底から見返すことに快感を覚え始めます。

高校時代④:スポーツの道へ進むことを決意

 全国レベルの強豪の水泳部に入るという新たな挑戦をしたものの、個人では引退まで結果を出すことはできませんでした。その一方で、部内にトップアスリートがいつも身近なところにいて、彼らの身体の動きやアスリートとしての日々の生活や考え方にとても興味が湧いたことから、大学ではスポーツ科学を学ぼうと決意します。

高校時代⑤:選手として見返してやりたいという野望

 自らも選手として成功し、見返してやりたいという気持ちを持っていました。そんな中、部活の顧問から「高校時代は成績の冴えなかったOBが大学ではトライアスロンという競技で成功している」という話を聞き、「走るのも泳ぐのも好きな自分にはぴったりかも」と感じたことから大学ではトライアスロンを始めようと決意します。

高校時代⑥:周りの目を気にせず、未知の世界に飛び込む決意

 センター試験がうまくいかず、スポーツの勉強ができる国公立大学が少なかったことから、なかば消去法で徳島大学を受験します。無事に合格を得るも、「地方大学でいいのか?」と周りを気にしてしまい、浪人をするか徳島大学に進学するか本気で悩みます。最後は「とにかく飛び込んでみて、嫌だったらいつでも別の大学の編入試験を受けたらいいよ」という母の言葉で気持ちが楽になり、徳島大学総合科学部心理・健康コースへの進学を決めます。

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小林 冬馬

Tribal Media House, Inc. / 都内のマーケティング支援会社で人事をしています。93年世代。マーケや人事のお仕事から、遠距離恋愛などプライベートなことまで、よもやま綴ります。
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